2026年2月10日火曜日

.1337~ 「教員冥利に尽きる」の前に──子どもの成長と教育の本分を考える~

web記事で見かけた、中学校の部活動について語るある教員の言葉が、心に引っかかりました。

「いい加減だった子が学校生活をしっかり送れるようになり、野球のプレーまで変わった。その瞬間に立ち会えた時は教員冥利に尽きる」

この言葉自体は、現場で子どもと向き合ってきた教員の実感として理解できます。  

子どもが変わる瞬間に立ち会えることは、確かに教育の醍醐味です。

しかし同時に、私はどうしても違和感を覚えました。

それは、子どもの成長が「教員の達成感」の材料として語られてしまっているように感じたからです。

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○子どもの成長は、教員の“成果”ではない

子どもが変わる瞬間は、本人の内側で何かが芽生えた時です。  

教員はその環境を整えるだけで、主役はあくまで子ども自身。

にもかかわらず、「冥利に尽きる」という言葉は、子どもの変化を教員の手柄として回収してしまう危うさを含んでいます。

教育は本来、  

「子どもが自分で考え、自分で選び、自分で責任をもてるようになる」  

ための営みと思っています。

そのゴールは、野球のプレーが良くなることでも、  生活態度が改善することでもありません。

もっと先──社会に出てからの長い人生にあります。

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○部活動は“目的”ではなく“手段”のはずなのに

この教員はこうも語っています。

「学校生活をきちんとやりなさい。それが野球にも表れるぞ」

ここには、  

生活態度の改善 → 競技力向上  

という因果が前提になっています。

しかし、これは本来逆です。

- 学校生活を整えること  

- 自分の行動に責任を持つこと  

- 他者と協働すること  

これらはすべて、  

子どもが社会で生きるための基礎であって、野球のための手段ではありません。

部活動は、子どもの成長を支える“ひとつの場”にすぎない。  

それがいつの間にか、部活の成果が教育の中心に置かれてしまう。

この逆転こそが、現場の働き方を歪め、子どもの成長観を狭めてしまう原因になっていると思います。

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○教員の本分はどこにあるのか

教員の専門性は、  

- 授業  

- 学級経営  

- 教育相談  

- 子どもの人生の基礎を支えること  

にあります。

部活動はその延長線上にあるだけで、教員の存在意義を支える“主舞台”ではありません。

にもかかわらず、  

「しんどくても続けている」「その瞬間があるからやめられない」という語りは、  

部活を教員の自己実現の場にしてしまう危険をはらんでいます。

それは、  

- 過剰労働の美談化  

- 部活をやらない教員への圧力  

- 子どもの成長の競技化  

につながり、制度改革を阻む力にもなってしまう。

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○子どもの成長は、もっと多様で、もっと長い

中学生の成長は直線的ではありません。

- 伸びたり止まったり  

- 失敗したり戻ったり  

- 部活以外の場で花開いたり  

そんな揺らぎの中で、  

少しずつ「自分で考え、自分で選ぶ力」を育てていく。

その長いプロセスを支えるのが教育であり、部活動はその一部にすぎません。

だからこそ、  

子どもの成長を“競技の成果”で語ることには慎重でありたいのです。

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○最後に──現場の教員と保護者へ

私は、部活動に熱心に取り組む教員を否定したいわけではありません。  

むしろ、子どもに寄り添い、時間を惜しまず向き合う姿勢には敬意があります。

ただ、  

子どもの成長を教員の達成感で語る構造  

部活動が教育の中心になってしまう構造  

には、立ち止まって考える必要がある。

子どものゴールは、  

今日の練習でも、今週の試合でもなく、  

もっと先の人生にあります。


その視点を忘れずに、  

教育の本分を取り戻す議論を、  

現場の教員も保護者も一緒に進めていけたらと思います。

2026年1月11日日曜日

.1336〜ライブ撮影アリ?ナシ? 変わりゆく文化と、演者が大切にしているもの〜

ライブ撮影文化の変化と、

HEY‑SMITH猪狩 × 

coldrain Masatoの“価値観の違い”

私もご多分に漏れず、「OK」の部分だけ撮影したことあります。

ライブ会場での撮影をめぐる議論は、ここ数年で大きく変化してきました。  

Xは本当に「対立」「炎上」「○○派vs○○派」好きですよね。

特に日本のラウドシーンでは、HEY‑SMITHの猪狩秀平とcoldrainのMasatoが語った“撮影に対するスタンスの違い”が話題になり、ファンの間で「対立」と表現されることもありました。

しかし実際には、両者が本気で衝突したわけではなく、ライブ撮影文化の変化を背景にした価値観の違いが表に出ただけです。

この記事では、ライブ撮影文化の変遷と、二人のスタンスの違いを整理します。


■ ライブ撮影文化はどう変わってきたのか?

● ① 〜2010年代前半:撮影NGが当たり前

日本のライブハウス文化では、長く「撮影禁止」が基本でした。  

理由は以下のようなものです。

- その場の空気を大切にする  

- 演者が見えなくなる  

- フラッシュや光が演奏の妨げになる  

- スマホが普及していなかった


この価値観は、HEY‑SMITH猪狩のスタンスに近いものがあります。

確かに実際スマホで前が見えない。演者、その場の空気に違和感を覚えました。

● ② 2010年代後半:SNSの普及で“撮影OK”が増える

InstagramやTwitterの普及により、  

「ライブの一部をシェアする」文化が広がるようになりました。


- 海外アーティストは撮影OKが一般的  

- 日本でも「一部撮影可」「曲限定」などが増える  

- SNSで拡散されることが宣伝になる


coldrainのMasatoは海外経験が長く、  

“撮影はファンの自由であり、広がることはプラス”という考えを持っています。

こちらも演者の広報にもつながるし、アリだよなとも思いました。

● ③ 2020年代:コロナ禍でさらに変化

無観客配信ライブが増えたことで、  

映像でライブを楽しむ文化が一気に一般化しました。


その結果、


- 撮影OKのフェスやバンドが増加  

- 一方で「スマホの海で演者が見えない」という不満も増加  

- 賛否がより分かれるように


■ ラウドシーン特有の事情


ラウド系はモッシュやダイブがあるため、  

スマホを掲げると危険が増すという現実があります。


● 撮影に肯定的な立場(Masatoなど)

- 海外では撮影が当たり前  

- SNSで広まるのは宣伝になる  

- ファンの自由を尊重  

- ライブを“共有する文化”として捉える


● 撮影に慎重な立場(猪狩など)

- スマホが危険につながる可能性  

- その場の熱量を大切にしたい  

- スマホ越しだと“ライブの本質”が薄れる  

- 演者から見て光が気になる


どちらもライブを愛しているからこその立場です。

■ なぜ「対立」と言われたのか?

- 猪狩は「ライブはその場で楽しむもの」という考え  

- Masatoは「撮影は文化としてアリ」という考え  

この違いが、ファンの間で誇張されて  

“意見がぶつかった”と語られただけです。

実際には、

- YouTubeで一緒に笑いながら話している  

- TRIPLE AXEとして普通に共演している  

- SNSでも普通に絡んでいる  

つまり、対立ではなく価値観の違いにすぎません。

■ まとめ

- 日本のライブ撮影文化は、この10年で大きく変化した  

- SNS時代・海外文化・コロナ禍が影響している  

- 猪狩とMasatoは“対立”ではなく、スタンスの違いを語っただけ  

- ラウドシーンは特に賛否が分かれやすい  

- どちらの立場も「ライブを大切にしたい」という思いは同じ

4月のDEAD POP FESTiVALに参加予定の自分としては、その場の空気を楽しみつつ、演奏だけでなくステージに立つ彼らの人間味や想いまで感じたいと思っています。

2026年1月3日土曜日

.1335〜子どもたちに世界情勢をどう伝えるか―「事実」よりも「構造」を伝えるという考え方―〜

世界では、毎日のように大きな出来事が起きています。  
戦争、対立、災害、政治の変化。  
ニュースを開けば、子どもたちが不安になりそうな言葉が並ぶことも少なくありません。

では、こうした世界の動きを、私たちは子どもたちにどう伝えればよいのでしょうか。  
その答えのひとつが、「事実よりも構造を伝える」という考え方です。

■ 事実を並べても、子どもには“重すぎる”
「どこで戦争が起きた」「どの国が攻撃した」  
こうした“事実の羅列”は、大人にとっては理解の助けになりますが、子どもにとってはただの不安材料になりがちです。

小学生にとっては、  
- 国名  
- 政治家の名前  
- 軍事行動の細部  
といった情報は、意味をつかみにくいからです。

事実をそのまま伝えると、  
「怖い」「よくわからない」「自分には関係ない」  
という反応になりやすい。

■ 子どもに必要なのは“世界の仕組み”という安心の土台
そこで大切になるのが、構造(しくみ)を伝えることです。

たとえば、こんなふうに。

- 世界にはたくさんの国があって、それぞれ考え方が違う  
- 違う考えの国どうしがぶつかることもある  
- だから話し合いが大事  
- 日本は話し合いを大切にしている国  
- 世界はつながっていて、遠い国の出来事も影響することがある  

こうした“世界の基本ルール”を知ると、  
子どもはニュースを怖がらずに受け止められるようになるはず。

■ 「自分の生活とつながる話」にすると理解が深まる
世界情勢は、子どもにとっては雲の上の話です。  
だから、生活に落とし込むと一気に理解が進みます。

- 世界がケンカすると、物の値段が上がることがある  
- 遠い国の戦争でも、地球はつながっているから影響が出る  
- 平和は“当たり前”ではなく、みんなで守るもの  

こうした話は、子どもたちの「自分ごと」につながるはず。

■ 不安を与えず、考える力を育てる
世界情勢を伝える時に最も大切なのは、  
子どもを不安にさせないことです。

そのために、まずは安心の土台をつくります。

- 「日本は今、安全だよ」  
- 「世界にはいろんな問題があるけど、大人たちが解決しようとしているよ」  

そのうえで、  
「じゃあ、私たちにできることは何だろう」  
と問いかけると、子どもは主体的に考え始めます。

■ 正解ではなく“視点”を渡す
世界情勢は複雑で、大人でも正解がわかりません。  
だからこそ、子どもに渡すべきは“答え”ではなく“視点”です。

- いろんな国があって、考え方も違う  
- 違いがあるからこそ話し合いが必要  
- 平和は努力で守られている  
- ニュースは怖いものではなく、世界を知るための窓  

この視点を持てる子は、将来どんな時代になっても強く生きられるはず。

■ おわりに
世界が揺れている今だからこそ、  
子どもたちには“世界を怖がらない力”を育てたい。

そのために必要なのは、  
事実を詰め込むことではなく、  
世界のしくみをやさしく伝えること。

そして、安心の土台をつくりながら、  
「どうしてだろう」「自分にできることはあるかな」  
と考える力を育てることです。

子どもたちが未来を生きる時、  
この“視点”がきっと大きな支えになります。